プロフィール

 

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オーガニックな家庭で育ち、成人して実家を出てから10年ほどジャンクフード中心の食生活を送った後、1年前から実家へ戻ったらオーガニックパワーで明らかに心も体も調子良い、漫画家ゆきち先生のプロフィール。

 

〜以下、ゆきち先生のプロフィール(歴史) 読み終わるまで3分〜

1939年(生まれてない)

母方の父が戦後に「玄米菜食」を提唱した二木謙三氏の講義を受講しオーガニックに目覚める。 

1951年(まだ生まれてない)

母が誕生。オーガニックな環境で育つ。

1980年(0才)


アメリカでオーガニックやっと僕が生まれる。父の都合でアメリカのカリフォルニア洲へ移住。アメリカにはベジタリアンが多く、オーガニック生活をすんなり受け入れてもらえる。近所にあったオーガニックショップ「カントリーサン」に売ってる食材&母乳ででオーガニックに育つ。

【スタンフォード大学附属保育園合格、帰国までの1年半通学】という、一見凄そうだがよく考えると凄くない経歴を得る。

 

1983年(3才)

ロスでベジタリアン生活日本に帰国する。友達が食べている市販のお菓子が、自分の家にあるオーガニックなお菓子(梅干しアメ、おからクッキー等)より美味しそうに見える。自分の家の食事がみんなと違う事にうすうす感づく。

 

1985年(5才)

ジャンクフードへの憧れ幼稚園入学。家から玄米弁当持参で通う。お友達から「弁当黒いね」と言われて泣く。友達が食べている「ねるねるねるね」などのカラフルなお菓子を食べてみたすぎて泣く。

 

 

 

1986年(6才)

小学校入学。校長先生から「給食に肉が出ても残して良い」という許可を得る。が、担任の先生には伝わってたり伝わってなかったりで急に怒られたりする。「肉ってどんな味なんだろう」と興味を持ち始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

1991年(12才)

中学校入学。思春期突入。女子に「肉の入っていない野菜だらけのお弁当」を見られるのを恥ずかしがる。隠して食べる。

肉を使わないお弁当

 

1994年(15才)

初ジャンクフード八王子高陵高校入学。
アルバイト開始。アルバイトで得たお金で生まれて初めて肉(マクドナルドのハンバーガー)を食べる。美味しすぎて身震いする。この日以降、朝昼晩は完全オーガニック食だが、学校帰りにポテコや今川焼き、練乳アイス、くいチキン棒、てりやきバーガー等を買い食いする生活が3年間続く。ただし、いたって健康。

 

1996年(17才)

高校3年生。家にあったナポレオン・ヒルの本を読んで「ふーん、夢は叶うんだ。じゃあ弁護士か漫画家になろう」と甘い考えを持つ。大学進学か漫画の専門学校へ通うか迷った末、大学へ通いつつダブルスクールで漫画の専門学校へ通うスネかじりプランを練り上げる。

漫画家

1997年(18才)

受験失敗!浪人生活スタート。スネかじりプランは白紙に。代ゼミ町田校へ通う。朝と夜は家でオーガニック食、昼はコンビニ弁当になる。コンビニ弁当が美味しすぎて、この浪人生活が永遠に続けばいいとすら思う。しかし、食べた後でいつもより眠くなる事に気づき、夏以降は母のオーガニック弁当を持参する。午後も眠くならず、食べ物で頭の冴え方が違う事を体感する。

 1997年(18才)1-300x244

1998年(19才)

一人暮らしの食生活立教大学社会学部合格&入学。一人暮らしスタート。
3食全て外食になる。コンプレックスだった痩せ方体型が徐々に普通体型になる。
おならがクサくなる(前は酸っぱいような感じに近かったけど、普通にクサくなった。真面目な話だよっっ!)

サークルは漫画研究会を素通りしてなぜかストリートダンスサークルへ入る。新歓コンパで生まれて初めてお酒を飲むが、一口で気持ち悪くなり失踪気味に帰る。ダンスに夢中になる。昼夜逆転する日が増え、生活リズムがなくなる。弱いながらもお酒を飲む機会が増える。顔つきが鋭くなり、生まれて初めて「いかつい」と言われる。

 

1999年(20才)

漫画の専門学校(日本マンガ塾)へダブルスクールを始める。大学在学中のマンガ家デビューを目指し月1ペースで出版社へ持込みを開始。集英社、小学館、講談社と大手から攻めて行く。季節のたびに風邪を1回ひくのが当たり前になる。ただし薬を飲むと2日くらいで治る。
朝はまるごとバナナ、昼は牛丼、夜はラーメンと、好きなもの以外食べなくなる。野菜はラーメンのネギくらい。

マンガ持ち込み

2001年(22才)

ジャンプ、マガジン、サンデーは当然の事、ヤングジャンプ、ヤングマガジン、ヤングサンデー、ビックコミック、アフタヌーン、ネムキ等へ持込みをするが門前払いを受ける。漫画の専門学校のツテで少女誌やレディース誌、学童誌にも持ち込むが全て門前払いを受ける。ゴラクや漫画times、漫画サンデー、コロコロ、ガンガン、コミックCUE、アックス等へも新作を描いては持ち込むが全滅。名刺すら一枚も貰えないまま大学を卒業する。

マンガ投稿就職せずにバイトをしながらマンガ家を目指す事を決意。ほぼ全漫画誌への持込みを失敗したくせに根拠のない自信は120%あったという。
相変わらず全食が外食。たまにアゴと眉間の皮がむけるようになる(後にアレルギー&アトピーと判明)。ガリガリ体型だが、下っ腹だけ少し膨れてくる。

 

2002年(23才)

大学卒業と同時に仕送りがなくなったので夜勤のバイトをしながら、昼間に漫画を描く生活が始まる。節約のため食事量を減らす。体内リズムが崩れたせいか、昔からあったアレルギー性鼻炎がひどくなり、点鼻薬を持ち歩くようになる。点鼻薬が凄く効く事に衝撃を受ける。けっこうハマる。
自己治癒や免疫力という発想が消滅。なんでも薬ですぐ治す。

毎月1社への漫画持込みは続いていたが成果はゼロ。
ついに持ち込む出版社がなくなる。しかたなく最後に残された「みこすり半劇場」という大人向けの4コマ雑誌の編集部へ持ち込む。いきなり担当がつき、デビューへ向けての話が進む。嬉しくて友達に電話しまくるが、誉められるどころか心配される。

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2002年(24才)

みこすり半劇場に持ち込んだ原稿を、絵だけ何度か描き直して漫画家デビュー。
なぜか自分にH4コマ漫画家の才能がある事が判明したので、どうなるか分からないが頑張ってみる事にする。これ以降、みこすり半劇場誌にて「小料理ママ」「モテろ!おやっさん」をそれぞれ3年半くらい連載する。バイトをジワジワ減らす。

左「小料理ママ」 右「モテろ!おやっさん」

マンガ彼女が出来る。すぐ同棲スタート。幸せ太りする。
自炊はするがオーガニックではなく近所のスーパーで安い品を狙って買う。カレーとシチューと鍋をローテーションで回す。必ず肉を入れる。生まれて初めて丸顔と言われる。毎月200グラムくらい太る。

 

2006年(27才)

漫画家3年目。日刊スポーツ新聞(関東版)で「しっぽり居酒屋」の連載と、東京新聞でのイラスト連載がスタート。それ以外にも漫画やイラストの仕事が増えてくる。

バイトをやめる。少しだけ収入が増えたら、習い事がしたくなる。絵のクロッキー教室に入る。絵と関係ない習い事の方がいいやと思って3回でやめる。別の習い事を探す。
よしもとのお笑い学校、NSCに入学する。お笑いを見るのは大好きだったが、自分が習う事になるとは少し意外。

どんどんお笑いに夢中になる。漫画の連載を続けながら、寝る時間を削って毎日NSCにへ通う。体調は悪く激ヤセするが、お笑いの奥深さに魅了され夢中で1年過ごす。
もう7年近くオーガニックな食事をしていない。

しっぽり居酒屋

2007年(28才)

NSC卒業。そのまま漫画家芸人としてよしもとに入る。漫画の原稿料はどうするのか?などグレーなまま過ごす。
漫画家と芸人の両立は時間的に厳しいが、アシスタントさんにスクリーントーン貼りやベタ塗りを任せ、その間にお笑いネタライブに出たり、先輩のライブを手伝う!という具合になんとか時間をやり繰りする。そんな中途半端な向き合い方をしているにも関わらず漫画の仕事は減るどころか微増。ほっとする。お笑いは成果なし。ランキングで1番下の層に位置する芸人が出るライブで下の順位。相変わらず季節が変わるたびに1回風邪を引く。かぜ薬を飲みながら4日くらいかけてだんだん治す感じ。

 

2009年(30才)

同棲スタートから5年。ようやくプロポーズする。自信満々だったのに失敗。翌朝、彼女が赤帽で実家へ帰る。虚無状態になり、何もかもやめたくなる。まずよしもとを辞めに行く。「漫画家芸人はやめて、漫画家としてよしもとに残るのはどう?」と提案され、「それなら出来るかも」とアッサリ残る。翌日いきなり漫画家としてフジテレビ「人志松本の○○な話」への出演が決まる。すごい嬉しいはずなのに、それを彼女に報告できない悲しさでしょんぼり泣く。

みこすり_プロフィール1

番組収録は無事に終わり、放送日まで一人たんたんと漫画を描く日々を送る。寂しすぎて昼夜かまわず頻繁に泣く。食欲は湧かなかったが、お菓子っぽい物なら少し食べられた。まるごとバナナとかマックグリドルをよく食べる。誰とも会う気がせず、漫画の原稿も手渡しからデータ入稿に変更する。痩せる。目に力がなくクマがあり、一目で不健康と分かる痩せ方。ガラガラ声になる。実家に住む親が電話で心配し始める。

 

2010年(31才)

◯◯な話 漫画家テレビ放送後、今までにない反響が頂けたが、体調も精神も虚無状態で何がしたいか不明になる。最後にもう1度「人志松本の○○な話」に出て、それを最後によしもとを辞めさせてもらう。いつも優しくしてもらったのに恩返し出来ないまま辞めてしまった事を今もときどき申し訳なく思う。

偶然テレビで見た「断捨離」に影響され、部屋の物を次々に捨てていく。だんだん楽しくなってきてリサイクル業者さんを呼んで家具や家電、調理器具なども全て引き取ってもらう。衣類もその時に着ていた服以外は全て捨てた。捨てる物がなくなったので今度は携帯のアドレス帳を全て消去してみる。正直、爽快だった。そしてその携帯も捨てた。この時以来、突然僕と全く連絡がとれなくなった人が何人もいたはず。え〜と、、、
ゴメン^^;!!
過去の自分に関係する物や人がない状況は意外と心地よかった。ガランとした部屋でふと「実家へ帰ってみようかな」と思いつく。10年ぶりに実家で暮らし始める。久し振りの実家で自然味溢れたオーガニックごはんを食べる。「味が薄すぎて美味しくない、、、」と悲しくなる。実家にいる事が「都落ちした」ように感じられる。世間体を凄い気にする人間だった事に気が付く。世間体を気にせず今の自分を全て受け入れたいと思うが出来ない。翌朝、ウンチが凄くいっぱいでる。食物繊維だ。お腹がスッキリしたら気持ちもほんの少しスッキリする。

なんとか連絡をとってくれた編集さん達は幸運にもみんな「原稿はメールで送ってくれれば良い」と言ってくれた。打合わせも電話のみにしてもらう。家族以外の人間と会わない生活に入る。

 

2012年(32才)

実家生活も1ヶ月を過ぎたあたりから、3食全てオーガニックな生活に慣れてくる。化学調味料に慣れた舌が徐々に健康舌に戻り、素材本来の風味を感じ取れるようになる。体重が落ちて、下っ腹がへこんでくる。痩せていくという感じではなく、締まっていく感じ。肌荒れもなくなり心が穏やかになっていくのがハッキリ分かる。日に日に調子が良くなっていくのが面白くて、今の自分にはここ以上にピッタリな場所はないと確信する。頭も冴えてきて漫画のネタを作るのが早くなる。「そういえば昔ってこんな感じだった。この10年くらいずっとボーっとしていたのかも」と感じる。実家にいても他にする事がないので久しぶりに漫画に注力する。連載が増え、イラストを担当した単行本とマンガを担当した書籍が1冊ずつ出る。嬉しい。

みんなのおバカメル350連発 表1-732x1024

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外に出るのはおっくうなのだが、人恋しくなってきてFacebookに登録する。でもやっぱりSNSは自分に合わなくて3日後に退会する。たった3日という短い期間ではあったがanan編集部のNさんと10年振りに交流する。その縁で雑誌ananに少しだけど2回出る。自分自身が表に出て何か発信する事が好きだとハッキリ分かる。が、その「何か」が分からないので家で静かにする。夜寝て朝起きる。当たり前の事だが10年ぶりだ。2度寝したいなぁと思う日も減ってくる。食欲は日を追うごとに増えているが本当に太らない。それぞれのカロリーが低すぎて太れないといった感じか?

 

2012年(32才)

anan編集部Nさんの誘いでオーガニックコンシェルジェKuriさんと美容ライターKさんで食事をする。
僕が生まれてから大学生までずっとオーガニック生活で育った事、10年間ジャンクフード三昧の生活を送った事、今またオーガニック生活を送っている事を面白がってもらう。自分にとっては日常の事だったので、それを面白がってもらえた事に驚く。「その生活をブログに書いたら面白い」とすすめられる。真に受ける。即、ブログのタイトルを「漫画家ゆきち先生の日々」からオーガニックな家庭で育ち成人して実家を出てから10年ほどジャンクフード中心の食生活を送った後、1年前から実家へ戻ったらオーガニックパワーで明らかに心も体も調子良いいよブログ」に変える。記事中でオーガニックライフを紹介するたびに、自分でも驚くほどの充実感を得る。オーガニック男子

 

2013年1月(33才)

ブログをホームページ化してもらう。それがこの「マンガ家ゆきち先生のニッパチ・オーガニック教室」。更新するのが楽しくて週に2,3回だが自分のオーガニック体験やら健康知識の記事をUPする。anan編集部Nさんの超強力なプッシュもあり、その記事を元に雑誌 Tarzanで「マンガ家ゆきち先生の超オーガニック生活」がスタート。ワーイ嬉しい。

健康情報雑誌に掲載

 

しかし喜んでいるだけではなかった。「今は自分の体験を面白おかしく描いているだけに過ぎない。確かな栄養知識や実験データ、調理技術を身につければもっと面白くてためになる漫画が描けるはず!」という真面目で前向きな気持ちが沸いたのだ。
生まれて始めて目的意識を持って勉強がしたいと思った瞬間である。そして栄養士になるべく東京農業大学を社会人受験することを決意する。

11月17日、試験当日。小論文や面接練習を繰り返した成果が出たのか手応えあり!合格を確信し帰り道でお寿司屋さんに入り前祝いをする。1週間後、不合格と判明!ショックで半日寝る。翌日、都内の某専門学校を見学。「専門学校っていいかも ♪」とアッサリ方向転換。願書を提出し、翌年4月からの入学決定。2年後の栄養士資格取得を目指す。東京栄養食糧専門学校2

4月3日、入学。

クラスメイトとの昼食に馴染めず、昼ごはん抜きの生活を1ヶ月送る。体重が49.9キロになる。5月に入りようやくクラスメイト(というか周りに人がいっぱいいる環境)に慣れる。昼食はもちろん、朝と晩の食事量も増え体重が回復してくる。全く意味不明だけど急に脱毛したくなりレーザー脱毛に申し込む。全身の毛が毎週減っていく。

このブログを読んだ編集者さんが声をかけてくれ始める。ちょこまか4コマを描く。

オーガニックな1日

雑誌【GINZA】からのオファー。「サラブレット・ゆきち先生のオーガニックな1日」なるページにご本人で登場させてもらう。マンガではなく僕自身が載るという事に大興奮する。僕は本当に出たがりさんだ。某有名オーガニックカフェで早朝の開店前に撮影したのに背景が白抜きでズッコケル。

痩せた体型を元に戻すどころか以前より逞しくするべく筋トレを開始する。ブログに筋肉に関する記事が増える。その結果、嬉しいことに筋トレ専門誌【トレーニングマガジン】で4コマの連載が始まる。トレーニングマガジン

体重はジワジワと増え、本人的には「普通の人よりちょっと良いレベルの体になったな」とご満悦であるが、初対面の人には高確率で「細っそいですよねー!!」と言われふさぎ込む。

妹の橋爪佐和子が氷コンニャクの本を出す。120%完全なるコネでマンガを描かせてもらう。氷コンニャク

その氷コンニャクがジワジワと反響を起こし、11月あたりからテレビでも取り上げられる。この調子で妹に頑張ってもらい、コネ仕事を爆増させて欲しいと恥ずかしげもなく堂々と思う。

一切の説明なくブログに忍者のマンガを載せ始める。タイトルは【ピンクの忍者!ポン吉】だ。世紀末的な無反響にも関わらず、ポン吉を描くのが楽しくて次々と新作をアップする。しまいにはブログから「オーガニック」「健康」といったキーワードが姿を消し、ポン吉だらけになってくる。オーガニック以外

 

せっかくだからもう1本載せちゃお。

 

健康系以外

インターネットで健康情報を検索して偶然僕のブログへたどり着いた人は、謎の忍者マンガばかり載っているのでグーグル検索にバクが起きたのではと感じたかもしれない。
まとめページもつくりました。【ポン吉まとめ】

12月も半ばに入り、1年もそろそろ終わりだなぁというタイミングで突発的に自立したくなり高速で物件を契約。12月25日という管理会社が冬季休みに入るギリギリのタイミングで新居に滑りこむ。3年ぶりの一人暮らしだ。

 

2015年11月(35才)

栄養士専門学校の卒業が近づき、「学校へ通う用事がなくなるとヒマになっちゃうよ〜」と焦る。ヒマを避ける手段として「漫画の仕事を増やす」という作戦を思いつく。形から入る人間なので仕事ないくせに仕事場を借りる。

 

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早々に仕事決まる。形から入ってよかった。。女性自身に「ゆきち先生の真面目な大人の玩具工場見学」という内容で文章&イラスト&4コマをカラーで8ページも描く。

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なぜか父が異常に喜んでアマゾンで50冊購入。

どうするのさ^^;

 

2016年3月(36才)

栄養士免許栄養士学校を卒表!

途中何度も半ベソをかいたけれど無事に栄養士になる。「栄養士の資格を活かしたマンガを描くぞー」と意気込む。

意気込みつつも今は特にそういうオファーないのでスポーツ新聞用のHな4コマ漫画を描いて過ごす。

 

4月に入り、何のきっかけもなく唐突に会社設立に向けて動き出す。無事に登記完了。

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(株)ゆきちプロ

の代表取締役社長となる。社員は僕ひとりというお山の大将会社だという。

 

 

そして今。